僕の父は、中学教師をしていて、今年で57になる。
あと3年で定年。まだまだ元気だ。
実家に帰るたびに、誰かしら教え子たちがいつも家にいて、
この家の子供が誰なのか、よくわからない状況になっている。
それは、僕が本当に小さい頃から、いつもの日常風景であって、
保育園のときも、小学校のときも、中学校のときも、高校で実家を出てからたまに帰ったときも、
いつも、うちには親父を慕って集まる子供たちがいた。
“慕って”と書いたが、ほんとはそうではなくて、
ただ単にわいわい集まるのに便利な場所だから、
という理由なのかもしれない。
いずれにせよ、学校の話から、部活の話、ときには恋の話なんかを、
わいわいがやがやと、好き放題にしゃべっている。
親父もお袋も、だからいつまでも、若いままの感性、というか気分を、
今でももっているような感じだ。
親父なんかは、子供に本気で、お前はこういうところがよくない、
こういうところが残念だ、と同じ目線でせつせつと語る。
正直な話、息子の僕なんかが見れば、「なにもそこまで…」とその熱さに冷め、
「精神年齢が低いのか?」とその良識を疑う。
普通に考えて、そんな大人を僕はあまり知らない。
友人の父親なんか、もっと冷静で、知的で、落ち着いている。
だけど、そんな親父の言葉は、確実にこどもたちに響いている。
論理的でもなく、知的でもないその言葉に、真正面から耳を傾けている。
そしてそれは、端で冷めた気分で見ている僕の心をうつ何かがあることも確かで、
そうした父親に尊敬というか、共感というか、好感を覚えていたりする。
そんな親父だから、隙が多いところも多々あって、
酔っぱらって舌がまわらなくなれば、生徒たちに「えぇ?」なんて突っ込まれたりもしている。
そうしたところも、きっと子供たちが親しみを覚えるところなんだろう。
先週の57歳の誕生日には、担当するバレー部の女の子たちが、
手作りのケーキや、Tシャツ、タオル、花束なんかを持って家に押し掛けてきた。
「お前ら来なくていいって言ってるだろ」なんて言いながら、
照れくさそうに受け取る親父。
ほしいと思っても得られないもの、それはきっとプレゼントなんかじゃなくて、
そういう子供の自発的な反応なのかもしれない。
女優の樹木希林がなにかのインタビューで言っていたが、
子供に対して、子供の目線までおりて語るのではなく、
大人の目線のまま、大人の言葉で語る方が、正しい姿勢であるということ。
「もう遅いんだから、お前ら帰れ!」なんて、よく回らない舌で告げる
親父なんかを見ていると、そんな気もしてくる。
…そんな親父も、赴任してくる若い教師たちとの折り合いがつかず、
実は悩んでいたりもしている。
教師という枠を超えて、校外でも子供たちとふれあう姿勢を、
批判する親たちがいることも確かだ。
まあ、みんな嫉妬しているんだから気にするな、
と言ってみたところで、愚直な親父にはあまり響かない。
親というのは大切な職業だが、いまだその適性検査が行われたことはない。
とは、有名な言葉だが、教師という職業は適性検査が行われていても、適正ではないと
思われる教師がいるのも確かだ。
そもそも子供が嫌いであったり、パートタイムのように勤務時間外のことにはいっさい触れなかったり、
子供たちに向けるべき時間・視線を、海外赴任や教頭試験へ向けてみたり。
それぞれに人生があり、それぞれに価値観があり、
それぞれの教育論があることは、否定もしないし、変えるようにする強制力も存在しない。
ただ、そんな教師に僕は習いたくはないし、
そんな教師に教わる子供たちは、不幸ではないかもしれないが、極めてアンラッキーだ。
もしかしたら、その後の人生そのものにも、大きな影響を与えるかもしれない。
そうした自覚が、あまりにもなさすぎる人が多すぎる。
大学を出て、教員試験を受けて、一般社会の経験も常識も身につけないままに、
人を教える立場になる。子供たちに物事を語る立場になる。
上からの目線しか知らないままに、勘違いしたまま子供たちに高圧的な態度を
示し続ける教師たちのなんと多いことか。
人に物事を教えるというのは、とても難しいことだ。
答えなんて見つからないことばかりの世の中なのに、
だから誰もが大人になっても挫折や葛藤しながら生きていく人生なのに、
何もかも知っている様なしたり顔で、子供たちに悪影響を与え続ける教師たちの姿は、
きっとおぞましいほどに醜いものだ。
答えを見つけることは難しい、人生を生きることは難しい、
そんな思いを共有しながら、一緒に悩んだり語ったりする姿勢、
教師なんて、大人なんて、所詮そういう風にして生きているという生き様、
それをさらけ出すことで、親父は共感を生んでいるんだと僕は思っている。
「教師の品格」という題材で書き進めていたが、正直よくわからなくもなってきた。
品格、という意味では、飲んだくれては生徒がいようがおかまいなしに、
9時には横になって眠る親父の姿からは見いだしにくい。
それでも、そういうことは、実は子供たちが一番かんじていて、一番わかっていることなのかもしれない。
来月のバレー部の試合に勝って、東京に遠征にいくと闘志を燃やす親父。
そんなことを、生き甲斐にがんばる57歳がどこにいます?
…まあ、どっかにはいるのかもしれないけれど、そんなことはどうでもよくて、
幸せだなぁ、この人の人生は。と愚息も思ったりしているわけです。
僕は長男だから、いつか親父が死んだ暁にはきっと喪主を務めたりするんだろう。
そのときに足を運んでくれる人、涙を流してくれる人がどれだけいるのか、
僕には想像もつかない。
すごい人が訪れてくれる予感だけは、本当にある。
不謹慎な話かもしれないけれど、そのときになってはじめて
親父の偉大さを、僕は思い知るのだろう。
多分、弔問者の数では、僕は親父に一生勝てない。
…なんて変な表現だけど、残り少ない教師生活、その後の人生を
好きなようにまっとうしてほしいものです。
愚息
